監査制度の機能不全は地方自治における大きな問題のひとつとされています。
われわれの品川区でも、監査制度は全く期待された役割を果たしていません。それどころか、品川区では監査委員に地方自治法で定められた住民監査をしてもらうことすら「至難の業」となってしまっているのが実情です。
その後の住民訴訟では、平成13〜16年度分についても監査請求が請求要件を満たしていることが当然とされ、現在、これらの支出の違法性の有無について審理が続けられています。
監査委員がきちんと監査をおこなったのか否か。住民がそれをチェックするためには、監査の結果だけでなく監査委員が判断の資料とした諸情報が住民に開示されることが不可欠です。監査事務の透明化は、監査が住民の信頼を得るための前提だと思います。
ところが、品川区ではこれまで、住民監査において監査委員が取得した資料をすべて「非公開」としてきました。「監査委員協議会の事務運営要綱に『協議会を非公開とする』との規定があるから」というのがその理由です。公明党区議団の旅行費用の支出についての住民監査請求において、われわれは区議団が個々の支出の使途について説明した文書を情報公開請求しましたが、これもすべて「非公開」とされました。
しかし、これでは監査委員がおこなう住民監査はブラックボックスになってしまうのではないでしょうか。そもそも、政務調査費の使途などを記した資料は、税金の使い道について区議団が説明したもので秘密にしておく必要が全くないのではないでしょうか。
こうした疑問から、われわれは平成19年6月、東京地方裁判所に監査資料の公開を求める行政訴訟を提起しました。
ところが1審の東京地方裁判所は、非常に抽象的な議論で「監査資料を公開すると監査委員が調査において関係者の協力を得られなくなる」との理由でわれわれの請求を棄却しました。1審の裁判官は、区議団がおこなう政務調査費の使途についての説明はそもそも秘密にするような情報ではないはず、というわれわれの主張には何も答えてくれませんでした。当然、われわれはこの判決に対し控訴をおこないました。
平成20年7月17日、東京高等裁判所は1審判決をすべて覆し、品川区に資料の全面公開を命じる判決を下しました。
この高裁判決では、「事務の遂行に支障を生じさせるおそれがあるか否かの判断については、当該実施機関又は決定権者に広範な裁量権限が与えられているものではなく、公益的な開示の必要性等の種々の利益を衡量した上での適正な判断でなければならないと解すべきである。したがって、『支障』の程度は名目的なものでは足らず実質的なものでなければならず、『おそれ』の程度も単なる可能性ではなく法的保護に値する蓋然性が求められるというべきである」としたうえで、政務調査費の使途について説明した区議団作成の文書を開示することが「監査事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるとは認められない」と明確に判断しました。
ところが、2009年12月、最高裁はこの高裁の判決を破棄し、文書の公開請求を棄却しました。理由を要約すると−
「政務調査費は議会の執行機関(区長など)に対する監視の機能を果たすための政務調査活動に充てられることが多いと考えられる。会派は独立性を有する団体として自主的に活動すべきであり、政務調査費の適正な使用についての各会派の自律を促すとともに、政務調査活動に対する執行機関や他の会派からの干渉を防止するという趣旨から、収支報告書には個々の支出に関する活動の目的や内容等が具体的に記載されるものにはなっていない。
区の条例は、収支報告書等の記載から明らかに使途制限違反があるとうかがわれる場合を除き、監査委員を含め区の執行機関が実際に行われた政務調査活動の具体的な目的や内容等に立ち入って適合性を審査することを予定していない。
議員は、監査委員から質問を受けた場合、政務調査活動の具体的な内容等について逐一具体的に回答すべき義務を負っておらず、回答しなくてもその一事をもって適正に行われたものではないとの推定を及ぼすことはできない。
議員が監査委員に任意に回答する場合、監査委員限りで情報が活用されるものと信頼しており、仮にそのような保障がなく情報公開の対象となるとすれば、回答することに慎重になり協力を一律に控えるなどの対応を取ることも想定される。そのような事態になれば、同種の住民監査請求がなされた場合、正確な事実の把握が困難になり、監査事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあることは明らかである。」
この判決では、議員の監視機能、議員の自律、議員や会派への介入の防止、などがキーワードになっており、そこから政務調査費の使途に対する自治体内でのチェックの範囲を非常に限定的に解釈しています。しかし、実際の政務調査費の使われ方は、最高裁の裁判官が頭の中で考えた空想の世界とはおよそかけ離れているのではないでしょうか。バーや居酒屋、あるいは温泉旅館や観光名所などでまさに「湯水のごとく」に支出されている税金が、区長などを「監視」するための活動に役立っているとはとても思えません。われわれも、議員がきちんと監視の機能を果たして欲しいと願っていますが、残念ながら現実はそうでありません。これは品川区だけでなく多くの自治体に共通する悩みであると思います。最高裁の判決は、こうした現実から完全に目をそむけてしまい、法律理論という架空の世界の中でしか通用しない解釈を繰り広げているように思えてなりません。しかし、こうした解釈はいかに立派そうなものであっても、現実の世界においては問題を解決する力を全く持たず、およそ説得力がないのではないでしょうか。
最高裁は、監査委員が政務調査費の使い道について積極的に審査することは「予定していない」とまで言い切っています。しかし、もしそうなら、一体誰が政務調査費の使い道を審査するのでしょうか。最高裁の判決では、答える答えないはあたかも議員の自由であるかの如きに捉えられていますが、税金を預かる議員はその使途について監査委員にきちんと説明する職責があるのではないでしょうか。住民が支出についての問題点を指摘して監査の申立をおこなった場合でさえ、監査委員には議員に支出内容についての説明を求める法的な権限がないとすれば、議員に渡された税金の使途については誰もチェックできない、ということになってしまうのではないでしょうか。
最高裁は、監査委員が行うべき調査の中身についても基本的な誤解をしているようです。監査委員に期待されるのは「調査研究」の内容について根掘り葉掘り調べることではなく、「なぜこの飲食店で会合をおこなう必要があったのか」という支出の必要性についての調査、「なぜ場所(施設)を訪問する必要があったのか」という活動と区政との関連性などの調査に限られます。議員が監査委員に対し会合の具体的な内容について説明することが求められるわけではありませんし、もし区政についての調査研究の一環としてこうした支出がおこなわれたのであれば、議員がこうした監査委員に対して一通りの説明をおこなうことが難しいとは決して思えませんし、それが議員の活動に何らかのブレーキをかけるとはとても思えません。
そもそも、政務調査費は議員が隠密におこなう活動ではなく、一般的にいって、その活動内容に機密性は存在しません。本来、区民にも説明できるはずの性格のものなのです。こうした情報の公開を妨げる理由はどこにもないはずで、今回の裁判で公開請求の対象となった文書も同じです。例外的に機密性を帯びる活動があれば、それについてだけ公開の対象外とすれば済むことです。それにもかかわらず、「介入防止」ということを理由に一律に情報公開の対象から外してしまうというのは、およそバランスを失した考え方ではないでしょうか。
また、今回の最高裁判決には、住民が監査委員の仕事をチェックする、という視点も完全に欠けています。住民にとって、情報公開は監査委員の仕事内容を知るための重要かつほとんど唯一の方法です。監査に関する情報公開請求を制約すれば、住民は監査委員がきちんと仕事をおこなっているかどうかチェックする術がなくなり、監査は「ブラックボックス」になってしまいます。これは「区政の透明化」を目的の一つに掲げる情報公開条例の趣旨に反しているのではないでしょうか。
われわれ区民オンブズマンは今回の最高裁判決に対して以上のように大きな疑問を抱いています。最高裁判所が今後の事件において、明確な軌道修正を図ることを強く望んでいます。
2007年 |
4月 |
監査請求 |
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5月 |
監査請求棄却 |
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9月 |
公明党が監査委員会に提出した文書。非開示取り消し請求訴訟 第1回地裁口頭弁論 |
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11月 |
第2回地裁口頭弁論 |
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12月 |
地裁判決敗訴 |
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2008年 |
2月 |
第1回高裁口頭弁論 |
5月 |
第2回高裁口頭弁論 |
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7月 |
高裁判決勝訴 |
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2009年 |
11月 |
最高裁弁論 |
12月 |
最高裁判決敗訴 |
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